昭和12年12月の南京攻略にあわせ首都圏でも南京事件を追及する講演会が開催されました。
11日はJR水道橋駅近くの全水道会館で「南京大虐殺から88年 2025年証言集会」が開かれました。「ノーモア南京の会」が主催し、毎日新聞が紹介したこともあり、120人ほどの会場がいっぱいとなり、若者も2割以上参加しました。「ノーモア南京の会」は平成29年に南京事件の幸存者を招き、今回は父母が南京事件に遭遇した曹玉莉さんを招く予定でした。しかし高市首相の発言から中国側は取りやめ、代わりに曹玉莉さんが南京祈念館の前で語る映像が上映されました。そのほか、映画「豹変と沈黙」の原義和監督と「ノーモア南京の会」の田中宏会長が話しました。
原義和監督は「豹変と沈黙」のなかで南京戦に従軍した兵士の日記を取りあげ、講演では長いあいだ中国と友好関係にあった沖縄の若者が中国と戦わされたと日本を批判しました。「ノーモア南京の会」会長でもある田中宏一橋大学名誉教授は、昭和39年8月に南京へ行ったとき南京大虐殺の説明を受け、昭和62年に東史郎と行ったとき南京事件研究者の高興祖教授から教科書問題が起こったため祈念館をつくったと聞いた、と話しました。この日の講演会は東京新聞や新華社が報じました。
13日はJR 与野駅近くの下落合コミセンで「記者たちは何を書き、何を書かなかったか」と題する講演会が開かれました。「埼玉・市民ジャーナリズム講座」が主催し、犠牲者に黙祷したあと、元朝日新聞記者の上丸洋一さんが講演しました。上丸洋一さんは、南京戦に従軍した記者は虐殺を見ていたが、戦争扇動の記事を書いていたので、戦後になっても事件があったとは書かず、歴史修正主義者が日本は悪いことをしていないと否定するのとおなじ、と説明しました。また、朝日新聞の先輩記者から20万人の南京で30万人を殺せないだろうと否定されそうだと思ったが、研究すると30万人は城外を含めた数であり南京事件はあった、毛沢東は南京事件をいわなかったから南京はなかったというがそれは論理の飛躍だ、と語りました。三十数人の会場は満員で、若いひとが3分の1以上参加しました。講演会の様子は新華社が報じました。
