9月13日、国際歴史論戦研究所上席研究員藤岡信勝は、論説「新書版『南京事件』の2人の著者の「研究者倫理」を問う」を発表した。
論説は、笠原十九司『南京事件』(岩波新書、1997年、改版2025年)および、秦郁彦『南京事件』(中公新書、1986年、増補版2007年)について、「研究者倫理」の観点から看過できない点があることを指摘している。
9月13日、国際歴史論戦研究所上席研究員藤岡信勝は、論説「新書版『南京事件』の著者たちの「研究者倫理」を問う」を発表した。論説は、笠原十九司『南京事件』(岩波新書、1997年、改版2025年)および、秦郁彦『南京事件』(中公新書、1986年、増補版2007年)について、「研究者倫理」の観点から看過できない点があることを指摘している。
笠原は、著書で「地獄の中のクリスマス」との表現を用いて、1937年12月当時の南京の状況を記述し、それがミニー・ヴォートリンの日記からの引用であるとした。ところが、後日和訳発刊されたミニー・ヴォートリンの日記にはそのようなことは一切書かれていない。この矛盾を明らかにするために岩波書店と公開質問状のやりとりを繰り返したところ、「地獄の中のクリスマス」という表現が出現するのは別のミニー・ヴォートリンによる文書であることが明らかになった。しかし笠原は、「ヴォートリン文書」を日記であるとすり替え本来の日記に蓋をして南京がまさに「地獄の中のクリスマス」であったと改竄し、2025年の新版でもその表記は改まることはなかった。
笠原は学者の看板を掲げながら、最初から嘘を言い、人を騙していたわけである。
こうして善良なる多くの人が騙されていったのである。学者の看板を掲げながら、自らが素人と目する人との討論を「学問的論議の出来る人物ではない」と言って避けるのは言語道断である。実際は自分が嘘を言っていたから、討論を避けざるをえなかったのであろう。最初から嘘だと知りながら嘘を言い続けていたとすれば、極めて卑劣な人物だったということになる。
笠原の人格と嘘がわかった今、岩波図書は絶版にするであろうか。もし出版を続ければ、岩波図書も嘘に加担し、出版社としての資格のない出版社ということになるであろう。
秦は、1986年の初版発刊時の状況が、その後の研究で新たな事実が判明しているにも関わらず、「新史料は出現せず、今後もなさそうだと見きわめがついた」とし、自説の「犠牲者4万人」説を改めることをしなかった。本来であれば増補版ではなく、絶版にして新たな研究書を執筆するべきだというのが藤岡の見解だ。
秦は1986年、中央公論社から最初の『南京事件』を出版したとき、当時の南京事件をめぐる研究は未発達の状況にあり、その点ではこの本の記述は間違っていてもある程度は仕方ないといえなくはない。しかしその後、南京事件をめぐる研究は飛躍的に発展し、南京事件はなかったことが完全に証明され、現時点では、嘘がどのように創作されていったか、その歴史的構造も明らかになっている。にもかかわらず2007年の時点ではあるが、その時点までの研究の蓄積を無視し、旧版と同じ記述の本を出版するとは、これも歴史家としての倫理を踏まえない行為だ。そのような逸脱行為がもし中国政府を配慮したうえでのものであるならば、秦もまた研究者の資格を全て失うことになる。出版元の中央公論社はこのような本の出版を続けていくのであろうか。やはり、岩波図書と同様、絶版にすべきであろう。
改竄という研究者にあるまじき行為、研究の進展による研究者自身のアップデート懈怠、どちらも研究者としての倫理を厳しく問われる行為である。詳細を以下のリンクの論説からご覧いただきたい。
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