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南京事件の国会議論を振りかえると、南京事件を認めるよう政府に求めてきたのは日本社会党と公明党である。日本共産党は、中国共産党と対立していたからであろう、南京事件を取りあげることなく、取りあげたのは日本社会党や公明党に遅れること三十三年、平成二十七年である。南京事件がユネスコの世界遺産に登録されたときで、日本政府は高橋史朗明星大学教授をユネスコ国際諮問委員会に派遣したが、南京事件を否定している人物を派遣するとはどういうことだ、と政府に迫った。... 続きを読む

ドイツ人ラーベの「南京の真実」が発売されたとき、ラーベを南京のシンドラーと持ちあげる見方が出されました。あれから二十七年、新たな南京のシンドラーが現れました。来年三月、「ベルンハルト・シンドバーグ 南京のシンドラー」と題する本が発売されます。... 続きを読む