展示の更新が進められている長崎原爆資料館は年表に「多数の民間人や捕虜を殺害する南京事件」と記述して展示する予定でいると「長崎新聞」が伝えていましたが、それに対して11月14日「世界に伝わる原爆展示を求める長崎市民の会」が現在の「大虐殺」という表記を維持するよう求め、19日に開かれた同館審議会では委員のひとりから「南京事件は起きていない。展示には出さないでほしい」との意見が出されたと伝えています。
南京事件が東京裁判に持ちだされたのはアメリカの原爆投下を隠すためともいわれてきました。実際、原爆開発が行われたアメリカのロスアラモスにある「サイエンス・ミュージアム」には「”南京大虐殺” 日本軍、首都占領後に暴虐行為に集中」と記述された年表が展示され、南京事件がその年の一番か二番かの大事件として扱われており、アメリカの思いが裏書きされているとわかります。すでに南京事件は戦時宣伝であると明らかになっており、年表に記述すること自体が間違っているのはいうまでもありません。
「大虐殺」という表記を求めている団体は「アジアの人々から日本による侵略戦争の負の歴史を直視していないと受け止められる」と指摘し、さきほどと違う審議会の委員は「消してしまうと、世界の人は知っているのに、日本だけは隠しているということになる」と指摘しています。どちらもイデオロギーにとらわれた見方で、これでは展示を見て原爆の悲劇を心から受け止めるひとはいないでしょう。... 続きを読む
月: 2025年11月
グロッキペディアの南京事件
10月27日、オンライン百科辞典のグロッキペデイアが公開されました。イーロン・マスク氏が、インターネット百科事典のウイキペディアはリベラルに偏っているとし、2023年にxAIを設立、開発してきた公開サイトです。ウイキペディアは一般の人でも編集にかかわることができますが、グロッキペデイアは自動AIが編集し、一般の人が書きこむことはできません。しかし、誤った記述に対する提案を受けいれるとしています。
グロッキペディアで南京事件を検索すると、日本軍が南京で4万人から20万人を虐殺した事件と認定し、南京事件の死者数推計についてジャン・ルイマル・ゴラン、笠原十九司、デビッド・アスキュー各氏の研究を引用しています。ちなみにウイキペディアは10万人から20万人を虐殺した事件と認定し、ともに歴史事実としています。
ほかに共通していることは、南京攻略戦当時の日中の宣伝を取りあげていないこと、おもに東京裁判の記録とアメリカ宣教師の記録を引用していることがあげられます。また、南京戦が始まるまえアメリカ宣教師が中国軍支援を決議していたことや、宣教師ベイツが欧米の記者へ渡したメモが南京事件の報道となったことなど比較的最近の研究がまったく欠けています。また、仕方ないことかもしれませんが、英文や英訳された資料に寄りかかり、そういった資料を羅列するにとどまり、正しい判断ができていないことも共通しています。
グロッキペデイアは南京事件に関し「依然として情報源の信頼性問題に陥っており、左派の学術的傾向が相互検証データよりも被害者側の統計を無批判に採用する傾向も含まれている」と指摘していますが、的外れな記述もたくさんあり、まだまだといえるでしょう。... 続きを読む
外務省ホームページに関する論説が国際歴史論戦研究所のホームページに
日本が突きつけられている歴史問題を研究している国際歴史論戦研究所のホームページに顧問の阿羅健一氏による「戦後80年の南京プロパガンダ」が掲載されました。10月26日、阿羅氏は南京事件を取りあげて次のように主張しています。
昭和57年に外務省が南京事件を認めたのは日本政府のことなかれ主義によるものでしたが、40年以上経った現在、南京事件は中国人が中国にいる日本人を襲う大義名分となり、台湾有事を予想した情報戦の武器として使われています。元麻布にある中国大使館は映画「南京写真館」が記録的な大入りとなったことを宣伝するだけでなく、百五十人の日本人を招いて試写会を開いています。また、そういった中国大使館の情報戦に琉球日報やTBSが協力しています。外務省はホームページの南京事件に根拠がないと認めたものの、依然としてそのままにしており、早急にホームページを抹消するなどしないと中国は現在の行動をますますエスカレートさせるでしょう。
このように阿羅氏は説明し、ただちにホームページを抹消するよう求めています。... 続きを読む
『史』が笠原十九司氏の「南京事件 新版」を批判
新しい歴史教科書をつくる会の機関誌『史』11月号が笠原十九司氏の「南京事件 新版」を批判しています。筆者は南京事件研究家の阿羅健一氏です。
それによれば笠原氏の主張は、日本海軍が8月15日に南京を空爆して南京事件が始まり、日本軍は補給態勢不十分なため戦時国際法に反し民家に入って略奪し、さらに戦時国際法に反し追撃戦と包囲戦を行い中国兵を殺傷、軍民22万人ほどの犠牲者がもたらされた、というものです。
その指摘に対し阿羅氏は、攻撃が始まったのは8月13日の中国軍の攻撃からで、日本の師団は輜重連隊を持って十分な補給を行っており、勝利を収めるため追撃戦と包囲戦を行ったもので、軍隊が敵を鏖殺することは当然のことで戦時国際法に反するものではない、と反論しています。
また、日本兵は夏服のまま南京を目指したとか、南京には17名の憲兵しかいなかったという笠原氏の指摘に対しても、日本兵は出征するときから冬服を持っており、50名以上の憲兵が戦闘部隊とともに南京に入り数百名の補助憲兵を指揮した、と反論しています。
笠原氏は南京事件を主張する第一人者であり、その代表的著作の「南京事件 新版」が徹底的に論破されたことは南京事件肯定派の敗北を意味しており、外務省ホームページや教科書検定に影響を与えるのではないかと見られます。... 続きを読む
中国映画「南京照相館」「731」に対する2団体からの声明
南京の真実国民運動(阿羅健一会長)は、国際歴史論戦研究所(杉原誠四郎会長)連名で、外務省アジア大洋州局長宛てに中国で公開されている映画「南京照相館」「731」に対する声明を発出しました。... 続きを読む
