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向井敏明少尉長女の向井恵美子さんが死去

 南京攻略戦のさい百人斬り競争をしたとして南京軍事法廷で死刑の判決を受けた向井敏明少尉の長女向井恵美子さんが亡くなりました。89歳でした。
 向井敏明少尉は昭和22年1月28日に南京で銃殺されますが、向井恵美子さんは母親を亡くしたばかりのところに父を失い、厳しい幼少期を過ごさざるを得ませんでした。そのころの向井恵美子さんのことは鈴木明が「『南京大虐殺』のまぼろし」に、また向井恵美子さん自身が「汚名」に綴っています。向井恵美子さんはアメリカ軍人と結婚してアメリカに渡り、日本と再び深い関係を持つのは、30年が経ち、百人斬り競争を報道した毎日新聞や本多勝一朝日新聞記者などを名誉棄損で訴えたときです。平成16年に陳述のため来日しますが、向井恵美子さんを驚かせたのは日本がすっかり変わっていたことでした。陳述が終わってアメリカに戻った恵美子さんは、日本滞在中知り合ったひとにその思いを手紙にします。取材で知り合った「WiLL」編集長だった花田紀凱さんもそのひとりで、たびたび長文の手紙を送り、日本を心配する恵美子さんの気持ちがどれほどかわかります。
 陳述のため来日したとき向井恵美子さんは七十代に入っていましたが、同世代の日本女性にはめずらしく長身で、目鼻立ちのはっきりした容貌は衰えを見せず、打てば響くような会話からは頭脳明晰であることがよくわかります。もし父親が存命であれば、どれほど社会で飛躍しただろうかと思わせる人でした。
 延命処置を拒否して亡くなりました。恵美子さんが滞在中に知り合った楠峰光さんは、恵美子さんの知識欲に応えようと月刊誌「正論」を送りつづけており、「長い間の正論もありがとうございました。どうか止めてください」というのが恵美子さんからの最後の手紙でした。