NHK が8月16,17日に放送した「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~」はモデルとなった祖父が歪められているとして遺族から抗議されています。
原作は猪瀬直樹氏の「昭和16年夏の敗戦」で、対米戦が迫るなか、総力戦研究所が対米戦を分析しますが、分析は政府に受け入れられず、日本は分析どおり敗北に終わるという内容です。
番組では総力戦研究所長が所内での論議を阻害したと実際とは反対に描かれました。総力戦研究所は広く知られているわけでないため、番組を見た人が誤解する恐れがあります。ドラマとして面白く見せようとするのであれば、総力戦研究所の研究書がほかにあり、「昭和16年夏の敗戦」を原作とする必要はありません。
なぜこのようなことが起きたのかといえば、NHKは長年にわたり意のまま歴史を歪曲してきて、訴訟になっても免れたことがあり、何をしてもよいと考えるようになったからでしょう。
そもそも「昭和16年夏の敗戦」を原作としていることが間違っています。そこには興亜観音に関してこんなことが書かれています。
「(興亜観音の)露仏像は、昭和十二年十二月に起きた南京大虐殺で血に染まった土を、運び固めてつくられた」「(興亜観音の)視線は、遠く中国・南京を向いている」「興亜観音の建立は、彼(松井石根司令官)の贖罪意識の顕れである」
実際の露仏像は、上海の激戦地大場鎮の土を練りこんでつくられ、相模湾を向いて中国を背にしています。戦死した日本兵は靖国神社に祀られるものの、中国兵はそうでないことを憐んだ松井司令官が双方の兵士を祀るため露仏像を建立しました。
露仏像の前に立てばどこを向いているかすぐわかり、このようなウソを書くくらですから「昭和16年夏の敗戦」は事実をどれだけ記述しているのか。そのような著作を使うことがNHKの姿勢を示しています。
月: 2025年8月
村上春樹のノーベル賞に反対
今年のノーベル賞が発表される時期となりましたが、作家の村上春樹氏の受賞に反対する主張が8月26日発売の「WiLL」10月号に掲載されました。阿羅健一氏の「村上春樹『騎士団長殺し』(南京虐殺)の無知と捏造」で、つぎのように主張しています。
村上春樹氏は「騎士団長殺し」と「猫を棄てる」で南京事件を取りあげています。村上春樹氏のいう南京事件は、マスコミの誤報や南京事件キャンペーン、それに中国の白髪三千丈式資料をもとにしており、南京事件肯定派の日本人さえ取りあげない南京事件犠牲者数40万人説も持ちだしています。
村上春樹氏は「ねじまき鳥クロニクル」から戦前の昭和を取りあげていますが、日本軍の知識を持ちあわせず、時代考証ができず、そのため支離滅裂な記述をしてきました。村上春樹氏の歴史観は、日本人は加害者の発想が薄いので中国人も韓国人も怒る、というもので、そのため戦前の日本をすべて批判する意識が強く、戦前を暗い時代と描写し、南京事件を歴史事実と決めつけ、小説とおなじ創作を繰り返すことになったといえるでしょう。
今年7月、南京事件を主題とした「南京照相館」が中国で公開され、記録的大入りとなり、中国で反日感情が沸いています。かつて「騎士団長殺し」が発売になったとき、中国は村上春樹氏にノーベル賞が授与されるべきとはやし立てており、もし村上氏がノーベル賞をもらうなら、歴史が歪曲されるだけでなく、中国は権威づけられたとして南京事件をさらに宣伝し、中国でいっそう反日が沸きたつでしょう。
「女性自身」の主張は光文社の体質
「女性自身」は7月29日付で初鹿野裕樹参議院議員に、政府の見解と異なり南京事件をなかったと考えているのか、根拠や理由を教えてほしい、とメールしました。政府の公式見解は外務省ホームページにありますが、令和5年4月3日、和田政宗参議院議員が「根拠となる文書は外務省内に存在するのか」と質問すると、林芳正外務大臣は、外務省が作成した資料はない、と答弁しています。政府は公文書を明示できず、公式見解は崩壊したといえるでしょう。それにもかかわらず「女性自身」は質問しています。
8月13日、初鹿野裕樹議員は反論しましたが、おなじ日、「女性自身」は「参政党・初鹿野議員 国も認めている『南京事件』を否定で批判続出….専門家は『歴史事実を誤魔化してはいけない』と警鐘」とYouTubeに発信、笠原十九司氏の主張をもとにした反論をのせています。もちろん反論になっていません。
初鹿野議員は、焼くな、犯すな、殺すな、の三戒を日本軍は遵守したとも説明していました。「女性自身」を発売している光文社は、昭和32年、撫順収容所に拘禁されていた日本人の証言を載せ、三戒と反対の、殺しつくし、焼きつくし、奪いつくす三光を日本軍は行ったとする新書「三光」を発売し、しかし多くの批判が出たため、まもなく絶版にしました。昭和57年にも「新編三光」と「続・悪魔の飽食」を刊行し、ともに怪しげな写真を載せて、絶版としました。おなじ過ちを光文社はいまでも繰り返しており、体質は変わっていません。
笠原十九司著「南京事件 新版」が発売
笠原十九司氏の「南京事件」が「南京事件 新版」として7月30日に刊行されました。50頁ほど増え、そのぶん章が増し、文章の入れ替えがありますが、内容はほぼ変わりません。
平成9年に刊行された「南京事件」は、笠原十九司氏がそれまで依拠してきた東京裁判の南京事件が崩壊したため、新たに構築がなされました。日本軍は戦時国際法に反した渡洋爆撃を行い、陸戦条約に違反して包囲殲滅戦を行い、国際人道法に反した残虐行為を行ったと牽強付会し、それまで南京事件といわれていた期間と場所を大幅に拡大もしました。そのうえで、南京攻略戦開始の市民を40から50万人とみなし、戦場の戦死体をほとんど虐殺と数え、架空の埋葬記録を引用、軍民の犠牲者数を20万人近いかそれ以上としました。論理がまったく破綻したにもかかわらず「新版に寄せて」のなかで、「ロングセラーとなり刷を重ね、歴史学会でも通説とする評価を受け」新版を出版した、と自画自賛しています。
新たに増した部分は、日本海軍の作戦、中国側から見た被害、スマイス著「南京地区における戦争被害」を用いた市民犠牲者数の3点です。日本海軍も南京事件の責任があると主張しますが、中国のいう犠牲者をあげるだけです。海軍機が爆撃したのは軍事基地と兵站戦で、爆撃記録があり、市民を爆撃したことはありません。つぎの中国側から見た被害については、これまでとおなじで半世紀以上も経った証言が意味をなさないのはいうまでもありません。最後の「南京地区における戦争被害」の引用については、すでに「南京地区における戦争被害」が策を弄した数字を記録した宣伝物であることが明らかにされており、それに反論することなく、国民党の宣伝物であることを隠し、数字を上乗せしているにすぎません。
指摘されてきた旧版の間違いのなかでは、南京事件を「戦時国際法と国際人道法に反した不法残虐行為」と記述していた部分の「国際人道法」(第二次世界大戦後の考え)が削除されただけです。8月1日の東京新聞、3日のしんぶん赤旗、6日の産経新聞などが新版を紹介したり笠原十九司氏を引用したりしていますが、それらは的外れです。
名古屋市と南京市の姉妹都市、再開か
名古屋市と南京市は姉妹都市を結びながら交流が途絶えていますが、8月4日、広沢一郎名古屋市長は8月末に南京市を訪れる超党派議員連盟ヘ再開したい親書を託すと語りました。
平成24年2月、名古屋市役所を訪れた中国共産党南京市委員会に対し、名古屋市長の河村たかし氏が「南京での事件はなかったのではないか」「真実を明らかにするためにも、討論会を南京で開いてほしい」と述べると、中国は反発、南京で開かれる予定の柔道式典などを中止、討論会を開いてほしいという要望を無視したまま交流が途絶えてしまいました。
河村たかし市長はその後「30万人におよぶ市民を大虐殺したという南京事件はなかった」と語り、今年8月8日の「河村たかしチャンネル」でも、国会議員時代から南京事件を勉強し、南京にも行った、と話しています。一方、広沢一郎市長は「大虐殺と呼ばれるものがあったとされる説から、本当に何もなかったという説まで諸説ある。どれが正しいと決めることはできない」と述べています。
昨年12月13日、中国にある日本人学校は児童の安全ため休校かオンライン授業になるなか、在日中国大使館は南京事件の犠牲者への哀悼を呼びかけています。南京事件を扱った「南京照相館」が今年7月25日に中国で公開され、記録的な大当たりとなり、中国は反日感情が沸いています。中国はさまざまな形で南京事件の宣伝に力を入れています。南京事件の責任者として東京裁判で処刑された松井石根大将は名古屋に生まれ、松井大将の先祖は名古屋の町割りをした武将でその名前を取った武平町はいまも残っています。名古屋市こそ南京事件へ立ち向かわなければなりません。広沢市長のような見方でどう交流を進めようというのでしょう。文京区と通州市は姉妹都市を結んでいますが、文京区の関係者は通州事件をまったく知りません。姉妹都市の実態がどういうものか示しています。
なお南京市は新市長の就任時期が未定などの理由をあげ議員連盟の訪問は延期されたことが13日に判明しています。
