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六月八日、カナダの首都トロントで「アジア太平洋平和博物館」の開館記念式典が行われました。

この博物館は、民間組織「平和教育アジア太平洋センター」が第二次大戦の歴史展示館を建設しようと呼びかけ、寄付活動を行い、七年かけて完成したものです。三階建のなかに十の展示室が設けられ、歴史全体を教育するとともに、人間性と平和をテーマにしていると謳っていますが、南京事件、731部隊、慰安婦などが取りあげられ、日本を非難するものばかりが展示されています。 六月八日の記念式典は、アジア系のひとにも幅広く呼びかけられましたが、参加した人数は五十人ほど、ほとんどが建設推進の中心となった中国系カナダ人で、これまで南京事件の碑の建設を進めたりしてきたひとたちです。七月二日から一般公開が始まります。

日本国体学会機関誌で、里見日本文化学研究所発表機関でもある「国体文化」6月号が南京攻略戦を取りあげています。

数か月まえから支那事変の戦史としてはじまった連載で、前回は上海が日本軍の手に落ちたところで終わりました。今回は、昭和十二年十一月下旬の戦闘からはじまり、日本軍が南京城のまえまで進んだ十二月十二日までが描かれています。

著者は里見日本文化学研究所客員研究員の宮田昌明氏、連載は詳細な戦闘記録もので、戦記を読みなれていないと難解ですが、支那事変について理解を深めようとするには格好な連載です。

また、戦闘記録にとどまらず、百人斬り競争論争を取りあげ、さらに日本軍の不法行為は杭州湾上陸作戦からはじまったという笠原十九司の説を紹介し、南京事件にかかわることにも言及しており、来月号へつづきます。

前駐オーストラリア大使の山上信吾氏が外務省の歴史戦への姿勢について新著「日本外交の劣化」(文藝春秋)で注文をつけています。

平成二十六年、総合外交政策局審議官だった山上信吾氏は、在外公館が歴史問題について積極的な発言をできるよう応答要綱を作りましたが、その資料はお蔵入りになりました。令和二年、オーストラリア大使として赴任するとき担当部局から、歴史問題について日本の立場を訴えるときプロパガンダと受けとられないように、と注意されています。このような体験を紹介したうえで山上氏は、外務省の南京事件に対する見方は国内の右と左のバランスをとった国会答弁的なものとし、これでは大虐殺があったとする中国との歴史戦には勝てないと主張しています。山上氏の南京事件の認識はまともなもので、「多くの中国兵が日本軍に投降せずに軍服を市民服に着替えて逃げたり、抵抗を続けた」と問題点を的確に指摘しています。

さっそく「プレジデント オンライン 5月31日」が「中国の『南京大虐殺』に日本政府は反論できる」の題名で、氏の南京事件に関する見方を紹介しています。すると、そのことを「Yahoo! Japan ニュース」が流しいっそう広まっています。