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今年三月、アメリカで「Japan’s Holocaust」と題する四百ページ余りの本が刊行されました。日本軍は昭和の二十年間で三千万人を殺戮し、ドイツを上回る残虐行為を行い、まさしくホロコーストであると主張しています。とくに硫黄島での残虐行為と南京事件をあげています。

しかし、新しい証拠はなく、これまでの寄せ集めにすぎません。アイリス・チャンの「レイプ・オブ南京」が南京事件にホロコーストという言葉を使い、アメリカで批判されましたが、それでも「Japan’s Holocaust」はホロコーストを使っています。

とはいえ、著者はアメリカの陸軍大学で教えているといっており、刊行されたことは残りますので、放っておくことはできません。そのため公開研究会を開き、反論していくことになりました。

研究員にはマーク・ラムザイアー教授、ジェイソン・モーガン准教授、政治学者ロバート・エルドリッヂ氏、歴史家マーク・フォン・シューラー氏たちも加わり、専門としている分野で反論していくことになります。アメリカ生まれの研究員たちが発信することにより南京事件に対するアメリカの見方が変わると期待されます。

六月八日、カナダの首都トロントで「アジア太平洋平和博物館」の開館記念式典が行われました。

この博物館は、民間組織「平和教育アジア太平洋センター」が第二次大戦の歴史展示館を建設しようと呼びかけ、寄付活動を行い、七年かけて完成したものです。三階建のなかに十の展示室が設けられ、歴史全体を教育するとともに、人間性と平和をテーマにしていると謳っていますが、南京事件、731部隊、慰安婦などが取りあげられ、日本を非難するものばかりが展示されています。 六月八日の記念式典は、アジア系のひとにも幅広く呼びかけられましたが、参加した人数は五十人ほど、ほとんどが建設推進の中心となった中国系カナダ人で、これまで南京事件の碑の建設を進めたりしてきたひとたちです。七月二日から一般公開が始まります。

前駐オーストラリア大使の山上信吾氏が外務省の歴史戦への姿勢について新著「日本外交の劣化」(文藝春秋)で注文をつけています。

平成二十六年、総合外交政策局審議官だった山上信吾氏は、在外公館が歴史問題について積極的な発言をできるよう応答要綱を作りましたが、その資料はお蔵入りになりました。令和二年、オーストラリア大使として赴任するとき担当部局から、歴史問題について日本の立場を訴えるときプロパガンダと受けとられないように、と注意されています。このような体験を紹介したうえで山上氏は、外務省の南京事件に対する見方は国内の右と左のバランスをとった国会答弁的なものとし、これでは大虐殺があったとする中国との歴史戦には勝てないと主張しています。山上氏の南京事件の認識はまともなもので、「多くの中国兵が日本軍に投降せずに軍服を市民服に着替えて逃げたり、抵抗を続けた」と問題点を的確に指摘しています。

さっそく「プレジデント オンライン 5月31日」が「中国の『南京大虐殺』に日本政府は反論できる」の題名で、氏の南京事件に関する見方を紹介しています。すると、そのことを「Yahoo! Japan ニュース」が流しいっそう広まっています。

「WiLL」5月号に掲載された阿羅健一「外務省 谷野作太郎の罪―外務省ホームページ『南京虐殺』はなぜ消えないー」が南京事件を押しすすめてきた外務省の中心人物を明らかにしています。

それによると、中国課長、鈴木善幸総理大臣秘書官、外政審議室長、アジア局長、駐中国大使を歴任した谷野作太郎がそのひとです。

谷野作太郎氏は、いわゆるチャイナスクールの一員で、日中国交のときから中華人民共和国と関わりだし、昭和五十七年の教科書誤報事件のさい南京事件を認め、その後、外政審議室長として慰安婦強制と植民地支配に深くかかわりました。深く関わるというより、慰安婦強制連行、植民地支配の捏造を押しすすめてきました。南京事件については、根拠がないにもかかわらず事実だとして教科書に記述させ、慰安婦では強制の枠を広げ、韓国とすり合わせしたことを隠し、植民地支配ではそれがなにを指すか示すことができないまま村山談話として発表させています。

日本の歴史を歪めてきたのは外務省であり、絞れば外務省のアジア局(現在のアジア大洋州局)で、さらに絞ればアジア局の誰かとなり、橋本恕や阿南惟茂たちが浮かびますが、谷野作太郎氏が中心人物であることが明らかにされています。

一月二十六日、参政党の神谷宗幣参議院議員が外務省ホームページの南京事件について質問主意書を提出しましたが、二月二十八日に再質問主意書を提出し、三月八日に政府から答弁書が送付されました。

 再質問主意書では、戦史叢書に住民を殺害した記述は見当たらず、逆に日本軍の軍紀風紀徹底の記述がある、と質問したのですが、このような記述があると政府は答弁をしてきました。

「遺憾ながら同攻略戦において略奪、婦女暴行、放火等の事犯がひん発した」と「少数であったとしても無辜の住民が殺傷され、捕虜の処遇に適切を欠いたことは遺憾である」の記述です。

 しかしこの答弁は、昨年四月二十三日に和田政宗議員へ答えたものとおなじで、そのとき和田議員は、前のものを「略奪等について記したもの」、後のものを「日本軍が意図的に住民を殺害したという文脈で記されているのではなく、非戦闘員や住民が巻き添えを食らって死亡したとの記述に続く文脈の中で記されているもの」と指摘、住民殺害を否定しています。

政府はごまかし答弁をしたうえ改めようとしないことが明らかになりました。