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四月三日の参議院決算委員会で、和田政宗議員が外務省のホームページの南京事件に
ついて質問しました。

外務省にホームページ記載の根拠となる資料はなにかとの質問に対し、林外務大臣は
「戦史叢書 支那事変陸軍作戦(1)」などを資料としていると答弁しています。

戦史叢書は昭和五十年に刊行され、南京事件について触れていますが、その記述は当
時発行されていた南京事件についての記述をまとめたものです。第一次史料が掲載さ
れているわけでなく、あらためて外務省は史料もなく南京事件をホームページに載せ
ていたことがわかりました。

質問はこちらからご覧いただけます。

 

宣教師たちが日本軍の残虐さを発信して南京事件を作りあげたことはよく知られているが、なぜ彼らは根も葉もないことを、という疑問は残されていた。その疑問が『一次史料が明かす南京事件の真実!』(展転社)で明らかにされた。明らかにしたのは若手の南京事件研究家・池田悠氏だ。

 

それによれば、まだ日中が上海で戦っていたとき、南京にいた宣教師たちは安全区を提案するために集まり、そこで中国軍支援を決めたという。

 

難民が安全区に入ってくれば布教の機会が増えるので、宣教師たちは安全区の提案を考えていた。中国のプロテスタントは蒋介石を支援することでまとまっており、それに応えるため宣教師たちは中国軍支援も決めた。安全区は中立でなければならず、安全区の提案と中国軍支援は矛盾するが、布教のために許されたのだろう。

 

宣教師たちは南京戦が始まる前から明確に中国軍側に立っていたのであり、国際法を無視し、根も葉もない南京事件を作りあげた動機がよく理解できる。

 

宣教師の頭に国際法がなかったことはほかのことからも見てとれる。

赤十字と紛らわしい旗を作り、国際赤十字と紛らわしい団体を作った。安全区に中国軍の大砲陣地があってもそのまま、中国軍が安全区に出入りしても止めなかった。中国兵を安全区に匿うこともした。

 

南京事件をでっちあげることなど意に介していなかったのである。

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「『南京事件』日本人48人の証言」(小学館文庫)が英訳され、「史実を世界に発信する会」のサイトに掲載されている。

 

この本は、南京が陥落したときそこにいた新聞記者、カメラマン、外交官、従軍画家、高級将校たちのうち、昭和60年頃に存命中だった人から聞き書きしたもので、彼らの語る南京は戦場となった街と何ら変わることなく、東京裁判の言うような殺戮や強姦が起きていなかったことを明らかにしている。昭和六十二年に「聞き書 南京事件」として刊行され、増刷されたが、出版社が倒産したため絶版となった。平成14年に小学館から改題され文庫として改刊行され、6刷りを重ねて、いまでもオンデマンドで入手できる。南京事件に関する本のベストセラーの一冊である。

 

刊行から30数年にして初めて英訳されることになったが、それにはこのようなことがあった。

 

英訳したのはグローン摩野さんというフィンランド在住の日系人である。グローン摩野さんは団塊の世代として生まれ、学校を卒業して企業に就職するが、28歳のとき本格的に英語の勉強を始める。いとこがオランダに住むなど外国語を学ぶ環境にあったからで、翻訳家に転身、以来、商品マニュアルなどの翻訳を何十年も続けた。独身主義から独身を続けてきたが、55歳のとき京都の醍醐寺でフィンランド人から道を尋ねられ、それが縁で結婚、平成17年にフィンランドへ移住した。

 

結婚してしばらくすると夫から南京事件を引き起こした日本人は残虐だと言われた。思いもよらなかったことで、日本人はそんな残虐な民族ではないと反論するが、夫の周りも夫の見方に賛成する。グローン摩野さんは夫たちを説得しようと、それからは南京事件に関する本を読みまくる。そこで出会ったのが「『南京事件』日本人48人の証言」で、この本を手にすることによって、自分の反論は当たっていたと改めて確信する。それとともに夫を説得することができた。

 

夫を説得できたが、世界を見ると、かつての夫のように南京事件を事実ととらえている人が多い。そのためネットで発信して世界に向けて発信しなければならないと考え、これまでの翻訳とは全く別のジャンルであったが、翻訳に挑戦することにする。

 

軍事に疎いことから「『南京事件』日本人48人の証言」には理解できない箇所がいくつもあった。それでもどうにかこうにか英訳をしおえる。しおえはしたが、この先どうすればよいかというとき、「史実を世界に発信する会」と出会った。平成29年8月のことである。

 

「史実を世界に発信する会」は南京事件に関する著作を何冊も翻訳しており、地名、人名などの表記に関するデータは揃っている。グローン摩野さんの訳した英文は「史実を世界に発信する会」の校正を受け、さらにネイティブが校正、校正が済んだものから順次サイトに掲載されることになった。

 

本年5月、すべての翻訳が終わり、サイトに掲載された。翻訳を終えたグローン摩野さんは英文で世界に発信されることにより日本人の残虐性が南京を引き起こしたという過ちが訂正されると確信している。

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総合誌の九月号が福田元総理の南京記念館訪問を取りあげ批判している。「WILL」は三浦小太郎の「福田康夫 YOUは何しに南京へ」、「月刊HANADA」が阿羅健一の「南京大虐殺記念館訪問 福田元総理の過ち」、「正論」が藤岡信勝の「福田康夫さん、元首相の肩書を返上しなさい」。

 

三浦小太郎は、中国のチベット弾圧に対して日本で抗議が起きたとき総理大臣だった福田康夫の姿勢に言及するとともに、「わらわし隊」の例を挙げて南京事件がなかったと指摘した。阿羅健一は、福田元総理は日本テレビの「南京事件Ⅱ」を見て虐殺があったと言うが歪曲だらけの番組を見抜けなかったのか、福田元総理の地元前橋の連隊が真っ先に城内に入ったがそうすると前橋の連隊が虐殺をやったのか、と指摘。藤岡信勝は、記念館の展示が修正され説得力あったとの福田元総理の見方に逐一反論し、不法殺害は謝らなければならないとの言い分に対しても会津若松の歩兵連隊を例に挙げて戦場というものを説明、それに対する福田元総理の答えを求めている。

 

南京事件はユネスコに登録されたが、一方的に登録したとして日本政府はユネスコの分担金支払いを保留した。そういった事実からすると、元総理が南京記念館を訪れて献花することは日本の外交を損なうことになり、それ相応の理由がなければならない。福田元総理は、記念館の展示は改善された、大虐殺は中国が言っている、日本テレビが日本軍の虐殺を報じた、と理由を挙げていたが、三氏によってすべて批判された。黙ってないで反論すべきだ。