慰安婦「河野談話」に続き根拠なき政府見解否定を
産経新聞 令和五年二月八日夕刊 古今東西 小島新一
ようやく「南京事件」でも、日本の名誉と国益を守る立場からの反撃が始まった。
中国や韓国、北朝鮮、彼らと同調する反日左派勢力が、第二次世界大戦期を中心にわが国の歴史を貶(おとし)め、国家弱体化や国際的孤立狙ってしかけている歴史戦。近年では「日本軍慰安婦」問題で、「慰安婦強制連行はなかった」という事実に基づく見解が日本国内では主流となり、韓国などによる日本攻撃への反論の土台が構築されつつある。
一方、日中戦争下の昭和12(1937)年12月、日本軍が南京攻略戦で、軍民30万人(東京裁判では20万人)を虐殺したと中国が喧伝(けんでん)する「南京事件」をめぐっては、2015(平成27)年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界記憶遺産」に関連資料が登録され、日本は深刻なダメージを被った。にもかかわらず、その後は慰安婦問題に関心が集まったこともあってか、「30万人虐殺」という荒唐無稽な中国の主張に反論する動きは低調だった。
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そんな中で、近現代史研究家の阿羅健一氏が昨年末、2冊の著作を相次いで出版した。
このうち、日本軍の南京入城から85年にあたる昨年12月13日に発刊されたのが、『南京事件はなかった 目覚めよ外務省!』(展転社)だ。本紙でもすでに紹介されたが、日本外務省のホームページ(HP)は、南京事件について「日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています」としている(「歴史問題Q&A」)。阿羅氏は令和3年3月、外務省にこの見解の「根拠となった資料」の公開を求めたが、昨年1月、「該当文書を確認できなかったため、不開示(不存在)とした」との通知があった。
日本政府が初めて南京事件を「あった」と認めたのは昭和57年7月の国会答弁(衆院文教委員会・外務委員会)だ。高校歴史教科書の検定で、文部省(当時)が「侵略」との記述を「進出」と書き換えさせたとのマスコミ各社の誤報により、中国や韓国、国内の野党などが一斉に政府を批判。この圧力に屈して、検定基準に「近隣諸国条項」が導入され、わが国の歴史教科書は自虐的・反日的な記述であふれ始めたのは周知の通りだ。
この騒動の中、南京事件をめぐっても、政府は直前まで大虐殺を否定していたのに、なんの根拠も示さないまま百八十度見解を転換して「あった」と認めてしまったことを阿羅氏は同書で解明している。
このときの外務省の答弁の根拠となった資料についても、阿羅氏が平成31年に情報公開請求したところ、「関係するファイル内を探索しましたが、該当文書を確認できなかった」との回答だったという。
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さらに阿羅氏は同書で、「南京事件はあった」説の有力な根拠とされてきた公益財団法人「偕行社」の見解についても検証している。偕行社は、帝国陸軍や陸上・航空自衛隊の元幹部らの親睦団体で、「少なくとも三千人から一万三千人の不法処理(捕虜殺害)があった」との見解を機関誌『偕行』の昭和60年3月号で発表。「当事者」ともいえる陸軍のOBらの組織の見解だけに、「南京事件はあった」論者が、この偕行社の見解を持ち出し、自説を補強するという場面が繰り返されてきた。
阿羅氏は当時の機関誌編集担当者らへの聞き取りをもとに、この見解が、1人の人物の思い込みと強引さでまとめられた経緯を明らかにしている。当時の関係者からの聞き取りが不可能になった現在、氏にしか書き残せない貴重な記録だ。
阿羅氏は当時南京にいた元軍人や記者、画家ら300人以上から聞き取り調査を行い、「南京事件はなかった」と結論づけてきた。昨年末に出版したもう1点の書籍は、このうち50人の証言を集めた『決定版「南京事件」日本人50人の証言』(育鵬社)だ。第1回芥川賞の受賞作家で、陥落直後の南京に派遣された石川達三氏が、「大殺戮(さつりく)の痕跡は一片も見ておりません」と阿羅氏に回答したはがきのコピーの写真も掲載されている。
阿羅氏は「明確な根拠がないまま南京事件を認める政府見解が示されたのは、慰安婦募集の強制性を認めた河野洋平官房長官談話と同じ。河野談話は撤回こそされていないが、他の政府見解によって否定された。根拠のない南京事件の政府見解も撤回させ、国際的に中国に反論できる環境となるよう声をあげていきたい」と意気込む。
もちろんこの間、「20万~30万人の大虐殺」を否定する論考はほかにも発表されている。たとえば、歴史認識問題研究会事務局次長の長谷亮介氏は、世界記憶遺産に登録されている資料114点のうち、102点はすでに日本側の有力は反論がなされているか、後になって作成された史料価値に乏しいもので、残る12点にも20万~30万人の虐殺の証拠となる内容はなかったことを明らかにしている(『歴史認識問題研究』第7号、月刊「正論」令和3年1月号)。「30万人虐殺」という中国のプロパガンダを否定する議論の高まりに期待したい。
(大阪正論室参与)