笠原十九司氏の「南京事件」が「南京事件 新版」として7月30日に刊行されました。50頁ほど増え、そのぶん章が増し、文章の入れ替えがありますが、内容はほぼ変わりません。
平成9年に刊行された「南京事件」は、笠原十九司氏がそれまで依拠してきた東京裁判の南京事件が崩壊したため、新たに構築がなされました。日本軍は戦時国際法に反した渡洋爆撃を行い、陸戦条約に違反して包囲殲滅戦を行い、国際人道法に反した残虐行為を行ったと牽強付会し、それまで南京事件といわれていた期間と場所を大幅に拡大もしました。そのうえで、南京攻略戦開始の市民を40から50万人とみなし、戦場の戦死体をほとんど虐殺と数え、架空の埋葬記録を引用、軍民の犠牲者数を20万人近いかそれ以上としました。論理がまったく破綻したにもかかわらず「新版に寄せて」のなかで、「ロングセラーとなり刷を重ね、歴史学会でも通説とする評価を受け」新版を出版した、と自画自賛しています。
新たに増した部分は、日本海軍の作戦、中国側から見た被害、スマイス著「南京地区における戦争被害」を用いた市民犠牲者数の3点です。日本海軍も南京事件の責任があると主張しますが、中国のいう犠牲者をあげるだけです。海軍機が爆撃したのは軍事基地と兵站戦で、爆撃記録があり、市民を爆撃したことはありません。つぎの中国側から見た被害については、これまでとおなじで半世紀以上も経った証言が意味をなさないのはいうまでもありません。最後の「南京地区における戦争被害」の引用については、すでに「南京地区における戦争被害」が策を弄した数字を記録した宣伝物であることが明らかにされており、それに反論することなく、国民党の宣伝物であることを隠し、数字を上乗せしているにすぎません。
指摘されてきた旧版の間違いのなかでは、南京事件を「戦時国際法と国際人道法に反した不法残虐行為」と記述していた部分の「国際人道法」(第二次世界大戦後の考え)が削除されただけです。8月1日の東京新聞、3日のしんぶん赤旗、6日の産経新聞などが新版を紹介したり笠原十九司氏を引用したりしていますが、それらは的外れです。
月: 2025年8月
南京事件を否定する初鹿野裕樹議員が改めて主張
6月6日に河村たかし議員が政府は南京事件が本当にあったと考えているかと質問主意書を提出すると、17日に政府は南京事件は否定できないと回答しました。そこで18日、初鹿野裕樹氏はXへつぎのように投稿しました。
「南京大虐殺が本当にあったと信じている人がまだいるとのかと思うと残念でならない。日本軍は『焼くな、犯すな、殺すな』の三戒を遵守した世界一紳士な軍隊である」
このとき特に反応はなく、7月20日初鹿野氏は参議院選挙神奈川選挙区で参政党から当選します。ところが29日夕方、とつぜん初鹿野議員の意見に対しXで批判が出はじめ、30日昼には立憲民主党の有田芳生議員も「歴史の修正とか改ざんのレベルではありません。それ以前。ただ恥ずべき広大な無知。からっぽ」「これが国会議員。これが日本。協同して抗うしかありません」と批判しました。
それに対して8月2日、初鹿野議員は神谷宗幣議員と藤岡信勝「新しい歴史教科書をつくる会」顧問と鼎談してそれらに反論しました。
鼎談は8日にYouTubeへアップされました。神谷議員は南京事件の外務省ホームページに関して三度も質問主意書を提出し、初鹿野議員は鼎談での発言からわかるように南京事件に関する知識を十分持ち合わせています。そのうえで専門家の藤岡氏が、南京市民の人口は日本軍の攻略の前も後も変わっていないこと、宣教師ベイツの宣伝が南京事件として広まったことなど南京事件といわれているものを明快に説明しました。
在日中国大使館が映画「南京照相館」を宣伝
7月25日、中国製作映画「南京照相館」が封切られました。31日、中国人民共和国駐日本国大使館は、「南京照相館」が公開と同時に大ヒット、公開翌日には収益1億元を突破、とXに投稿しました。また子供は強制的に観せられ、観たあと涙を流す子供や日本に激しい敵意を抱く子供の動画がXに投稿されました。おなじ31日、蘇州で日本人母子が襲撃され、母親が殴られる事件が起こり、映画の影響によるものと伝えるXもあります。
「南京照相館」については、中国が日本向けのニュースを流している「CGTN JAPAN」はじめ、この欄でもすでに紹介しており、南京陥落のさい日本軍の撮影した虐殺の写真を7人の南京市民が盗み出すというストーリーです。しかし、日本軍に戦線を撮影する部署はなく、16枚の写真も真冬の南京とかけ離れたものからなっており、事実でないことはこれまで指摘されてきました。
中国人民共和国駐日本国大使館の投稿とともにXに批判が殺到、蘇州で殺傷事件が起きるとさらに投稿が増えました。外務省は適切な手段を取っていません。
