5月13日、浜田聡参議院議員は外務省ウエブサイトの「南京事件」に係る記述に関して質問主意書を提出しました。
「一九三七年十二月の南京戦において、日本軍が非戦闘員の殺害や略奪行為等を指示したことを示す公文書は存在するか。存在する場合、その内容を示されたい。また、前記記述における日本政府の考えは現在も変わらないか示されたい」
後段の前記記述とは、外務省ウエブサイトの「歴史問題Q&A」にある記述です。
これに対して5月23日、石破内閣総理大臣の名前で次の答弁がありました。
「いわゆる『南京事件』については、例えば、防衛庁防衛研修所戦史室(当時)が編さんした『戦史叢書 支那事変陸軍作戦(一)―昭和十三年一月までー』において、『遺憾ながら同攻略戦において略奪、婦女暴行、放火等の事犯がひん発した。これに対し軍は法に照らし厳重な処分をした。』『たとえ少数であったとしても無辜の住民が殺傷され、捕虜の処遇に適切を欠いたことは遺憾である。』等の記載があるものと承知している。また、御指摘の『外務省ウエブサイト』における『問六「南京事件」』の項目に記載した考えに変わりはない。」
「指示した公文書は存在するか」の質問にまったく答えていません。公文書はないからです。
一昨年4月、ウエブサイトの根拠となる文書が外務省内にあるかとの国会質問に「外務省が作成したものは確認できない」と外務大臣は答弁しましたが、その後、昨年6月14日にカナダで日本批判の『アジア太平洋平和博物館』が開館、12月13日には中国にある日本人学校が休校かオンライン授業となりましたが、在日中国大使館は「今日は、南京大虐殺犠牲者の国家追悼日です。歴史を銘記し、平和を大切にし、共に犠牲者の冥福を祈りましょう」と反日を煽り、日本人児童の生命が心配されることが起きました。今年に入っても3月18日、英議会の超党派委員会が令和5年10月のハマスによるイスラエル奇襲に関する報告書を発表したさい「1937年の南京大虐殺以来、世界史上見られなかった残忍な蛮行の現場で殺された」と説明し4月には中国人徐浩予が「(南京事件で)30万人の平民を殺した」と語り、来年の熱海市長選への立候補を語っています。
このようなことが続発しても、外務省はウエブサイトの記述を変えないと言明しています。
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南京事件にかかわる外務省の実態がより明確に
外務省のチャイナスクールが根拠もなく南京事件を歴史事実と認めてきたことはこれまで明らかにされ、最近は前駐豪大使山上信吾氏により内部から明らかにされてきましたが、山上信吾氏が作家の門田隆将氏と対談した「媚中 その驚愕の『真実』」(ワック)でさらにその実態が明らかにされました。
平成24年2月、河村たかし名古屋市長が根拠をあげて「南京での事件はなかったのではないか」と発言したさい中国は反発しましたが、それに対し外務省の横井裕外務報道官は河村たかし市長のあげた根拠に触れることもなく「日本政府の立場に一切変更はない」と発言しました。その2年前、日中歴史共同研究が発表され、南京事件を認めた日本側の記述に猛烈な反論が起きたにもかかわらず、このときも理由をあげることなく南京事件を認めたのです。南京事件を否定するいい機会を逃しました。
その横井裕氏は平成28年5月に駐中国大使となり、令和2年11月まで務め、世間をあきれ返させましたが、それだけでありません。山上信吾氏は「媚中 その驚愕の『真実』」のなかでこう述べています。
「中国大使だった横井裕が、中国べったりのご褒美というか、退官した後、なんと中国の法律事務所の特別顧問になったのです。ネットでも公開されています。中国ではなく、日本にいるらしいんですが、それにしても、やはりこれは異様だとしかいいようがない。彼の同期の間でも話題になっています」
「日本の企業や組織で顧問などになるのが通例なのですが、こともあろうに中国の法律事務所特別顧問とは、開いた口が塞がらない」
「なんで法律事務所なのか? 法学部出身でもないのに」
門田隆将氏はこう応えています。
「中国とっては、法律の知識とか素養はまったく関係ない。ただ、中国の役に立てばいいわけですからね。露骨すぎて笑えます」
中国のことしか念頭にないチャイナスクールだからこそ根拠もなく南京事件を事実とできることがわかります。
外務省ホームページにひとつの解決案
外務省ホームページの南京事件に非難の声があがっていますが、山上信吾前駐豪大使と、豪州で慰安婦像設立を阻止した山岡鉄秀氏による対談本「歴史戦と外交戦」(ワニブックス)がひとつの解決案を提示しています。
山岡鉄秀氏は外務省のホームページが虐殺説・虐殺否定説の両方に言い訳できる表現をし、そのうえ「非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できない」の英語部分で、かつて「noncombatants(非戦闘員)」のまえに「a large number of(大勢の)」を入れ、日本以外の人たちに「大量虐殺」をイメージさせるような表現をし、河野談話とおなじ手法を取っている、と厳しく非難しました。
これに対し山上信吾氏は、「日本政府も虐殺があったとは認めていないので、それを説明する際には、日本語でも英語でも『虐殺(Massacre)』という言葉を使っていません」とする一方、「『非戦闘員の殺害・略奪行為』の発生を明示的に認めることで、『虐殺があった』という左派や外国勢力に配慮したものになっています」と分析、そのうえで「市街地での戦闘行為が民間人を巻き込みかねないことは、古今東西共通の問題です」「日本流の奥歯にものが挟まったような国会答弁的ラインでは、意味が不明瞭で通用しません。『大虐殺があった』と声高に喧伝して回る中国側のキャンペーンに対抗しうる有効な反論にはならない」と指摘、「日本政府が発信する際には、公式論で『非戦闘員の殺害・略奪行為を否定できない』と無味乾燥に説明するのでなく、当時の南京の特殊事情も併せて説明する必要があります」と提案しています。
「『孤』の人 軍人佐々木到一の済南、南京、そして撫順」が発売
南京攻略戦で第十六師団の歩兵第三十旅団長を務めた佐々木到一中将の伝記が発売になりました。著者は佐々木到一の縁者にあたる佐々木信雄で、アマゾンから一月に発売されました。
南京攻略にさいして佐々木旅団長は、真っ先に下関へ進んで中国軍を包囲殲滅し、南京陥落後は南京地区西部警備司令官に任ぜら敗残兵の掃討をしました。このことがあげられ佐々木旅団長は中国軍を不当に殺戮したとして非難されてきました。
佐々木到一は済南事件にあって中国軍の実態を、また満州国軍政部最高顧問として匪賊の実態を知るとともに多くの著述を残しており、著者の佐々木信雄はそれらを引用することによって、佐々木旅団長に対する非難が不当であることを示しています。
著者があげているのは戸部良一防衛大学教授、秦郁彦拓殖大学教授、洞冨雄早稲田大学教授の三氏です。戸部良一は、佐々木旅団長が戦闘意志を喪失した敗残兵を攻撃し、投降してきた捕虜を攻撃した。洞富雄は、佐々木旅団長が敗残兵と南京市民にとって恐ろしい疫病神であった。秦郁彦は、佐々木旅団長が多数の便衣兵を殺した功績を評価され栄転した。と記述しています。しかし、これら指摘はまったく間違いであることをあき明らかにしています。南京虐殺が研究家によって補強されていることがわかる本です。
カナダで日本批判の「アジア太平洋平和博物館」が開館
六月八日、カナダの首都トロントで「アジア太平洋平和博物館」の開館記念式典が行われました。
この博物館は、民間組織「平和教育アジア太平洋センター」が第二次大戦の歴史展示館を建設しようと呼びかけ、寄付活動を行い、七年かけて完成したものです。三階建のなかに十の展示室が設けられ、歴史全体を教育するとともに、人間性と平和をテーマにしていると謳っていますが、南京事件、731部隊、慰安婦などが取りあげられ、日本を非難するものばかりが展示されています。 六月八日の記念式典は、アジア系のひとにも幅広く呼びかけられましたが、参加した人数は五十人ほど、ほとんどが建設推進の中心となった中国系カナダ人で、これまで南京事件の碑の建設を進めたりしてきたひとたちです。七月二日から一般公開が始まります。
