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「南京大虐殺から雲南戦へー日本の中国侵略から敗戦に至る足跡を巡る」と題する本が二月に花伝社から刊行されました。書名からわかるように半分は南京事件に関する記述で、真宗大谷派南京平和法要友好訪中団の動きと、南京大虐殺犠牲者国家追悼日の採択経緯などが記述されています。

昭和六十二年から山内小夜子さんが呼びかけ、数十人の日本人が南京虐殺記念館を訪れていました。真宗大谷派教学研究所研究員でもあった山内さんは、中国の要請を受けて真宗大谷派の僧侶に呼びかけ、平成十五年から十人ほどが南京虐殺祈念館の平和法要に参加するようになります。平成二十六年、中国は十二月十三日を南京大虐殺犠牲者国家追悼日と決めます。新刊はこれらについての記述で、著者は日本の侵略の爪痕を紹介するとして数多くの著作を上梓してきたひとです。

それにしても、架空の出来事を取りあげこのようなことを行うとは、中国は異常な国、日本人僧侶も異常な人、としかいいようがありません。

南京事件の国会議論を振りかえると、南京事件を認めるよう政府に求めてきたのは日本社会党と公明党である。日本共産党は、中国共産党と対立していたからであろう、南京事件を取りあげることなく、取りあげたのは日本社会党や公明党に遅れること三十三年、平成二十七年である。南京事件がユネスコの世界遺産に登録されたときで、日本政府は高橋史朗明星大学教授をユネスコ国際諮問委員会に派遣したが、南京事件を否定している人物を派遣するとはどういうことだ、と政府に迫った。

南京事件が世界遺産に登録されたとき、どの新聞も第一面で大きく取りあげたが、それは南京事件を懐疑的にみなしていたからで、そういったなか日本共産党が取りあげたので、唐突の感を与えたし、高橋史朗教授についての毎日新聞の報道に乗っただけとも感じられた。

このとき参議院文教科学委員会で取りあげたのが田村智子議員で、日本共産党は今年一月十八日の党大会で田村智子政策委員長を委員長に選んだ。日本共産党はこれからも南京事件の既成化に向け何かやるのだろうか。

十二月十四日の産経新聞の「論説委員 日曜に書く」が、川瀬弘至論説委員による「興亜観音の慈愛を世界に」と題し、興亜観音を紹介しています。

 昭和十二年、松井石根大将は上海の邦人安全確保と南京攻略を命ぜられ、その目的を果たしますが、この戦いで日本と中国は多数の戦死者を出しました。中国兵のなかには屍を野にさらしたまま、弔ってもらうことのない戦死者もいることから、松井石根大将は昭和十三年二月に凱旋帰国すると日本の戦死者とともに中国の戦死者も弔いはじめ、昭和十五年二月に熱海伊豆山にお堂と観音菩薩を建立し、弔いつづけます。このとき戦死者がたんに戦死にとどまらず両国提携の礎になるように建立した像を興亜観音と名づけました。

 敗戦となり松井大将は戦犯に指定され、昭和二十三年十二月二十三日に処刑されます。翌年以降、興亜観音では松井大将とともに処刑された六人も含め慰霊祭が行われてきました。今年も慰霊祭が挙行され、四十人をこす参列者があり、その翌日、興亜観音建立の経緯と現状が紹介されました。

 記事はネット「産経ニュース」でも流され、こちらからで見ることができます。

十二月二十一日、広島テレビ「広テレ! NEWS」が放映した「回顧2023 『はだしのゲン』とヒロシマ」は、外務省のホームページが南京事件を認めきちんと書いている、と報道しました。

番組は「はだしのゲン」の著者が死んで十一年が経ち、著者の訴えたいことが忘れられているとする内容で、原爆被害教職員の会が制作した副読本「ひろしま」が三光作戦を書いていたことを本当のことを伝えているとし、つづいて清水潔にインタビューし、外務省ホームページは南京事件を記述していると語らせています。

清水潔はテレビ番組の制作者で、平成二十七年に「NNNドキュメント 南京事件」を制作しました。そこでは事実を歪め、資料を自分で探したような番組づくりをして批判されましたが、批判をまったく無視した人物です。林外務大臣が四月三日の参議院決算委員会で外務省ホームページの記述に根拠がないと答えたことを知らないようで、さらに「回顧2023 『はだしのゲン』とヒロシマ」の制作者もそのことを知らず、そのまま放映したのでしょう。三光作戦を事実としているように、中国の宣伝媒体のような番組づくりをしています。