6月6日に河村たかし議員が政府は南京事件が本当にあったと考えているかと質問主意書を提出すると、17日に政府は南京事件は否定できないと回答しました。そこで18日、初鹿野裕樹氏はXへつぎのように投稿しました。
「南京大虐殺が本当にあったと信じている人がまだいるとのかと思うと残念でならない。日本軍は『焼くな、犯すな、殺すな』の三戒を遵守した世界一紳士な軍隊である」
このとき特に反応はなく、7月20日初鹿野氏は参議院選挙神奈川選挙区で参政党から当選します。ところが29日夕方、とつぜん初鹿野議員の意見に対しXで批判が出はじめ、30日昼には立憲民主党の有田芳生議員も「歴史の修正とか改ざんのレベルではありません。それ以前。ただ恥ずべき広大な無知。からっぽ」「これが国会議員。これが日本。協同して抗うしかありません」と批判しました。
それに対して8月2日、初鹿野議員は神谷宗幣議員と藤岡信勝「新しい歴史教科書をつくる会」顧問と鼎談してそれらに反論しました。
鼎談は8日にYouTubeへアップされました。神谷議員は南京事件の外務省ホームページに関して三度も質問主意書を提出し、初鹿野議員は鼎談での発言からわかるように南京事件に関する知識を十分持ち合わせています。そのうえで専門家の藤岡氏が、南京市民の人口は日本軍の攻略の前も後も変わっていないこと、宣教師ベイツの宣伝が南京事件として広まったことなど南京事件といわれているものを明快に説明しました。
作成者: nankings
在日中国大使館が映画「南京照相館」を宣伝
7月25日、中国製作映画「南京照相館」が封切られました。31日、中国人民共和国駐日本国大使館は、「南京照相館」が公開と同時に大ヒット、公開翌日には収益1億元を突破、とXに投稿しました。また子供は強制的に観せられ、観たあと涙を流す子供や日本に激しい敵意を抱く子供の動画がXに投稿されました。おなじ31日、蘇州で日本人母子が襲撃され、母親が殴られる事件が起こり、映画の影響によるものと伝えるXもあります。
「南京照相館」については、中国が日本向けのニュースを流している「CGTN JAPAN」はじめ、この欄でもすでに紹介しており、南京陥落のさい日本軍の撮影した虐殺の写真を7人の南京市民が盗み出すというストーリーです。しかし、日本軍に戦線を撮影する部署はなく、16枚の写真も真冬の南京とかけ離れたものからなっており、事実でないことはこれまで指摘されてきました。
中国人民共和国駐日本国大使館の投稿とともにXに批判が殺到、蘇州で殺傷事件が起きるとさらに投稿が増えました。外務省は適切な手段を取っていません。
中国製作映画「南京照相館」が封切
申奥監督がメガホンをとった中国映画「南京照相館」が7月25日に中国で封切られます。
「南京照相館」は陥落した南京が舞台で、日本軍将校が写した虐殺のネガを南京市民が運びだす計画を描いたものです。戦後南京で開かれた軍事法廷に南京陥落のさい日本軍の将校が撮り、南京市民が持ちだしたという十六枚の写真が提出され、平成二十七年に南京事件がユネスコ世界遺産に登録されたとき十六枚の写真が登録されましたが、その写真をめぐる動きを映画化したものです。
しかし、日本軍に戦闘や戦場を撮影する部署はありませんし、担当者もいません。十六枚の写真を見ると、日本軍の服装に冬の南京とかけ離れたものがあります。撮影場所と撮影者はまったく不明です。昭和十三年、オーストラリア人カメラマンのファーマーが中国駐在のアメリカ武官やアメリカのグラフ誌「LOOK」に日本軍による残虐行為の写真を送り、それと十六枚はダブっていますが、ファーマーは中国の国際宣伝処で働いていたカメラマンです。
このことから十六枚の写真は宣伝物であることが明らかで、すでに世界遺産に登録されたとき指摘されました。
また、「南京照相館」には銃剣で差した幼児を日本兵が空中に掲げる写真や、斬りおとした首を日本兵が持つ写真が軍の不許可の判が押され映しだされていますが、それら日本兵の軍服は日本のものでありません。また、軍の検閲により不許可の印の押された紙焼きは新聞社に残されていますが、幼児を掲げたり、首を持った紙焼きはありません。
「南京照相館」は中国がこれまで製作してきた宣伝映画そのもので、多くの市民を川べりで殺害される場面などが映しだされ、中国人の反日感情を掻き立てるだけのものです。
南京事件に関する政府回答に対して要請書提出
浜田聡参議院議員による質問主意書に対し政府は6月27日付で回答しましたが、その回答に接し「南京の真実国民運動」「国際歴史論戦研究所」「新しい歴史教科書をつくる会」は連名で外務省アジア大洋州局長へ要請書を提出しました。要請書は下記の通りです。
南京事件に関する質問主意書に今回も外務省は答えず
浜田聡参議院議員が6月17日に提出した質問主意書に対し27日に回答がありました。浜田議員が質問した主な点は、「戦史叢書 支那事変陸軍作戦(1)」が非戦闘員の殺害や略奪行為等を指示した文書に当たるのか、日本軍が事前に指示した文書はあるのか、というもので、それに対して政府は、質問の意味するところは明らかでないため答えることが困難であると答え、そのうえで南京事件は戦史叢書に記載されていると答えました。政府は肝心の質問にまったく答えていません。
「戦史叢書 支那事変陸軍作戦(1)」は、和田政宗議員が令和5年4月3日の参議院決算委員会で外務省ホームページの根拠を質問したさい林芳正外務大臣が持ちだしたものです。すぐさま和田議員はそこに意図的に殺害した明確な記述はないと指摘しました。それ以来、和田議員が再度質問し、神谷宗幣参議院議員が3回にわたり質問主意書を提出し、浜田聡参議院議員も2度質問主意書を提出しました。この間、河村たかし衆議院議員が同様な質問主意書を提出しています。
何人もの議員がたびたびおなじ質問をし、おなじ質問主意書を提出しているのは、政府の持ちだした「戦史叢書 支那事変陸軍作戦(1)」が南京事件の証拠を示しているものでなく、それを指摘されても政府は撤回せず、あるいは回答しないためです。
