5月27日、参議院の外交防衛委員会で佐藤正久議員が南京事件を取りあげました。
佐藤正久議員は、中国が主張するに南京事件ついて「外務大臣はこれまで中国に申し入れてこなかった」「外務大臣のレベルでいわなければ」と指摘し、「日本の名誉と尊厳にかかわる」と外務省の対応を求めました。それに対し岩屋毅外務大臣は「どのレベルでどういう働きかけをするかについては、何がもっとも効果的で適切かという観点から判断してまいりますので、そこはお任せいただきたい」と答えました。そこで佐藤正久議員は「そんなに中国に気を遣う必要があるんですか? 韓国の方には言って、なんで南京事件になるといえないんですか?」と厳しく批判しました。
昨年12月13日、中国にある日本人学校が休校になったりオンライン授業をせざるえないなか、在日中国大使館は南京事件犠牲者の冥福を祈りましょうと危機感を煽りましたが、そのとき外務大臣は何も対応していません。岩屋外務大臣はお任せいただきたいといいますが、何もしないでしょう。
岩屋外務大臣は最後に「歴史問題への対応については、いちいち内容をつまびらかにすることは避けたい。相手国の事情、案件の性質、タイミングなど、諸藩諸の事情を総合的に勘案して判断してまいります」と答え、あらためて逃げの答弁をしました。
月: 2025年5月
外務省ウエブサイトの「南京事件」に係る質問主意書に対し答弁書
5月13日、浜田聡参議院議員は外務省ウエブサイトの「南京事件」に係る記述に関して質問主意書を提出しました。
「一九三七年十二月の南京戦において、日本軍が非戦闘員の殺害や略奪行為等を指示したことを示す公文書は存在するか。存在する場合、その内容を示されたい。また、前記記述における日本政府の考えは現在も変わらないか示されたい」
後段の前記記述とは、外務省ウエブサイトの「歴史問題Q&A」にある記述です。
これに対して5月23日、石破内閣総理大臣の名前で次の答弁がありました。
「いわゆる『南京事件』については、例えば、防衛庁防衛研修所戦史室(当時)が編さんした『戦史叢書 支那事変陸軍作戦(一)―昭和十三年一月までー』において、『遺憾ながら同攻略戦において略奪、婦女暴行、放火等の事犯がひん発した。これに対し軍は法に照らし厳重な処分をした。』『たとえ少数であったとしても無辜の住民が殺傷され、捕虜の処遇に適切を欠いたことは遺憾である。』等の記載があるものと承知している。また、御指摘の『外務省ウエブサイト』における『問六「南京事件」』の項目に記載した考えに変わりはない。」
「指示した公文書は存在するか」の質問にまったく答えていません。公文書はないからです。
一昨年4月、ウエブサイトの根拠となる文書が外務省内にあるかとの国会質問に「外務省が作成したものは確認できない」と外務大臣は答弁しましたが、その後、昨年6月14日にカナダで日本批判の『アジア太平洋平和博物館』が開館、12月13日には中国にある日本人学校が休校かオンライン授業となりましたが、在日中国大使館は「今日は、南京大虐殺犠牲者の国家追悼日です。歴史を銘記し、平和を大切にし、共に犠牲者の冥福を祈りましょう」と反日を煽り、日本人児童の生命が心配されることが起きました。今年に入っても3月18日、英議会の超党派委員会が令和5年10月のハマスによるイスラエル奇襲に関する報告書を発表したさい「1937年の南京大虐殺以来、世界史上見られなかった残忍な蛮行の現場で殺された」と説明し4月には中国人徐浩予が「(南京事件で)30万人の平民を殺した」と語り、来年の熱海市長選への立候補を語っています。
このようなことが続発しても、外務省はウエブサイトの記述を変えないと言明しています。
南京事件にかかわる外務省の実態がより明確に
外務省のチャイナスクールが根拠もなく南京事件を歴史事実と認めてきたことはこれまで明らかにされ、最近は前駐豪大使山上信吾氏により内部から明らかにされてきましたが、山上信吾氏が作家の門田隆将氏と対談した「媚中 その驚愕の『真実』」(ワック)でさらにその実態が明らかにされました。
平成24年2月、河村たかし名古屋市長が根拠をあげて「南京での事件はなかったのではないか」と発言したさい中国は反発しましたが、それに対し外務省の横井裕外務報道官は河村たかし市長のあげた根拠に触れることもなく「日本政府の立場に一切変更はない」と発言しました。その2年前、日中歴史共同研究が発表され、南京事件を認めた日本側の記述に猛烈な反論が起きたにもかかわらず、このときも理由をあげることなく南京事件を認めたのです。南京事件を否定するいい機会を逃しました。
その横井裕氏は平成28年5月に駐中国大使となり、令和2年11月まで務め、世間をあきれ返させましたが、それだけでありません。山上信吾氏は「媚中 その驚愕の『真実』」のなかでこう述べています。
「中国大使だった横井裕が、中国べったりのご褒美というか、退官した後、なんと中国の法律事務所の特別顧問になったのです。ネットでも公開されています。中国ではなく、日本にいるらしいんですが、それにしても、やはりこれは異様だとしかいいようがない。彼の同期の間でも話題になっています」
「日本の企業や組織で顧問などになるのが通例なのですが、こともあろうに中国の法律事務所特別顧問とは、開いた口が塞がらない」
「なんで法律事務所なのか? 法学部出身でもないのに」
門田隆将氏はこう応えています。
「中国とっては、法律の知識とか素養はまったく関係ない。ただ、中国の役に立てばいいわけですからね。露骨すぎて笑えます」
中国のことしか念頭にないチャイナスクールだからこそ根拠もなく南京事件を事実とできることがわかります。
外務省ホームページに関して浜田聡参議院議員が質問主意書
外務省ホームページが記載する南京事件にはもととなる資料がない、と林芳正外務大臣が答弁して2年過ぎましたが、依然としてホームページには記載されたままです。答弁のさい林外務大臣は公刊戦史「戦史叢書 支那事変陸軍作戦 第一巻)」をあげ、それがホームページの根拠となったかのような言い訳をし、問題を回避しようとしていました。そのため参議院議員の浜田聡議員は、昭和十二年当時に虐殺を命ずるような軍命令が出されたのか、という質問主意書を政府に提出することになりました。 外務省ホームページが記載する南京事件の撤回を求める動きの一環です。
提出について、浜田聡議員は5月13日午後4時からYouTube「(南京事件研究家)阿羅健一先生にお話を伺います」のなかで詳しく語っています。浜田議員のX(スペース)でも聴くことができます。
「新しい歴史教科書をつくる会」の発足により南京事件の記述は減少
「新しい歴史教科書をつくる会」は平成8年に発足しましたが、それにより中学校教科書の南京事件の記述はどうなったのか、「新しい公民教科書」の代表執筆者の小山常美氏が「史」5月号に書いています。
それによれば、平成8年に検定合格した歴史教科書は、「東京書籍、大阪書籍、清水書院、帝国書院の4社が『南京大虐殺』と記し、日本書籍は15-20万虐殺、教育出版は20-30万虐殺、日本文教出版は20数万人と記し、全社が大虐殺派の立場をとっていた」。
その後どうなったかについて、「『新しい歴史教科書』の登場以来、『南京大虐殺』と位置づける教科書は徐々に減少していく」「『新しい歴史教科書』27年版では虚構の『南京事件』を記載せず合格した。画期的なことであった。『新しい歴史教科書』の奮闘も相俟って、大虐殺派の教科書は平成27年版では東京書籍と清水書院の2社に、令和6年合格版では東京書籍1社に減少した」
このようになり、小山常美氏はこういっています。
「『つくる会』効果は確実にあったのである」
